遍路のお話

ゲストハウスを開業する前に、影響を受けたものはいろいろとありますが、その中の一つ八十八ヶ所、いわゆる「お遍路」があります。お遍路を通して学んだことや、経験した不思議な体験、沢山ありすぎて書ききれないのですが、何回かに分けて気が向いた時に書いていこうかとおもいます。



お遍路とは、真言宗の開祖、空海にゆかりのある四国の八十八か所寺院を巡礼するもので、寺院は四国の外縁部に多く点在し、全ての寺院を巡礼すると約1200㎞ほどになる長い巡礼路になります。

私は大学3年生の23月の春休みを使い、約44日間で八十八ヶ所を巡りました。
現代では自転車や車、バス、電車など巡礼の方法は多様化していますが、私は時間が充分にあった為徒歩で巡礼しました。手段はその人にあったものでいいと思いますが、徒歩でまわることによって大きな学びがありました。

お遍路を徒歩でまわると沢山の問題があるのですが、1番の問題は宿泊場所です。当時は学生で貯金も真面目にしていなかったので、テントを背負っての野宿が9割でした。
空海が行脚をしていた時代に比べて、野宿場所を探すのは容易ではありません。地元の方にご迷惑をおかけしないように場所選びには注意を払いました。

私は怖がりなので、できることならいろんな意味で安心できる場所を探します。民家や商店がなくて、雨や風をしのげる屋根や庇があれば最適です。
だいたい日が暮れる前くらいから目ぼしいところを探すのですが、なかなか見つからないものです。毎日20-30km歩くなかで探すので、かなり骨が折れました。 

そして、もし泊まる場所が見つかっても、屋根や庇がない場合には雨が降ると、私のやっすーいテントではすぐに雨漏りが始まります。慣れるとどんな状況でも寝ることができますが、寒い時期だったので体力は消耗します。ましてや44日間の長丁場です。大げさではなく天候がその日のコンディションに直結しました。大雪の日にはコンビニ弁当が凍りつきました。空海の時代であれば「死」につながることもあったでしょう。



反面、美しい風景や、冬でも降り注ぐ陽光に救われたことも枚挙に暇がありません。 
「古来、農耕民族の日本人は自然を神と崇め、敬ってきた」というような文章をよく見ることがあります。自然を感じることが少ない現代では大袈裟に感じますが、お遍路によって自然の過酷さも恵みも実感できました。




高校時代に奈良時代の租庸調、農民が米や布、特産品を税金として都に納める為に、自身の力で往復しなければならず、途中で力尽きて死ぬこともあったと歴史の授業で学びましたが、その苦労も少しだけ分かった気がします。歴史を学ぶ上では「共感」や「実感」が重要なのかもしれないですね。

よく、お遍路や山伏修行をするにあたって、心や体を強くする為に修行をしたいという場合があります。山伏の先達曰く「山の行より里の行」であるといいます。つまり、山で修行することも良いが、生活のある里での修行が大事だということのようです。実際、山での修行よりも仕事や家族の身近な問題の方がよっぽど修行になり、学びも大きいです。

「修行」と呼ばれるものの良さは、修行という非日常に身を置くことによって感覚が敏感になり、普段気がつくことが難しい学びを修行の中から発見できるということだと思います。極論、修行という場に身を置かなくても、意識さえしていれば生活の中にも学びはあります。

思い返して見ると、高校時代に毎日10キロ近く自転車通学をしていたとき、雨と風は本当に死活問題でした。意識さえあれば自然の過酷さも恵みも悟り得たのかもしれません

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